Dr.MANAの南仏通信〜フランスのエスプリをご一緒に…〜
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風土の光と影(2007.10.17)

光強ければ、影もより濃く




田舎のかわいらしい街並





国境の湖を臨む





プロヴァンスのプール

以前に住んでいたトゥールーズはちょっとスペイン寄りの南仏ですが、北の大都市、パリとはおおよそかけ離れた南の住人特有の気質を確かに備えてました。今回は、日本では馴染みのより深い南仏──アルル、エクスアンプロヴァンス、ニーム、アヴィニョンなど、プロヴァンス地方のワイン作りの話から、南と北の体質の違いについて考えてみたいと思います。

もうずいぶん前の話になりますが、英国人ピーター・メイルの『プロヴァンスの12ヶ月』という本が世界的なベストセラーになりました。今の若い方はご存知ないかもしれませんね(*^_^*) 南仏プロヴァンスでの日常生活を淡々と綴った、どうということはない内容の本でしたが、そのどうということがないところが一般ウケしたのでしょう。この本のおかげで、世界中から南仏プロヴァンス地方を訪れる観光客は激増しました。移住も増えたといいます。そのことは、当然プロヴァンスに住む人びとの精神生活にも、ある程度の影響を及ぼしたはずです。

もともとプロヴァンス地方は緯度からいえば東京より少し北ですが、温暖な地中海性気候とおだやかな自然に恵まれ、人びとの気質も温和、旅人も温かく迎えてくれます。例えばフランス名代のワインにしても、ボルドーやブルゴーニュばかりが有名ですが、実はプロヴァンス地方の隣ラングドック・ルシヨン地方などは、一地域のワイン生産量だけでボルドーやブルゴーニュを越えています。もともと温暖でぶどう栽培に適した地味に恵まれた地域なので、たいした手間をかけなくともぶどうがすくすく育ってくれるからです。ぶどうだけではありません。オリーブも、レモンもオレンジも、プロヴァンスの生産量はフランス1ですし、海岸線も長く、漁業も盛んです。同じく漁業の盛んなブルターニュ地方がほかに目立った産業のないことに比べれば、プロヴァンスは恵まれています。豊かな農業国フランスの中でももっとも自然の恵みに預かっている地方、それがプロヴァンスだといえるでしょう。

アルザスやブルゴーニュ地方のようにぶどう造りの北限に近い地域では、ぶどう栽培にも細かな配慮が必要です。ちょっと手を抜けば冷害、害虫の発生とたちまち壊滅的な打撃を受けてしまいます。それに対してプロヴァンス地方では、それほどの手間暇かけずともそこそこのぶどうが毎年収穫できるわけです。だから生産量も多いのですが、あまり手間暇かけないということは、ワインの質という点ではボルドーやブルゴーニュの後塵を拝することを意味します。

実際いままでのところ、プロヴァンス産のワインで、ボルドーのペトリュスやブルゴーニュのロマネ・コンティに匹敵するような銘酒はありません。そこまでいかなくとも、ボルドーのグランクリュ・クラセに匹敵するものもないでしょう。せいぜいがボルドーのいろいろなワインの残りをネゴシアン(ワイン仲介業者)が混ぜて作った、ボルドー・シューペリユール程度の品質でしょうか。

ちょっとワインのことをかじった人なら知っている、AOC(Appelltion d’origine controlee原産地統制銘柄)という規格があります。特定の地方の特定の銘柄を名乗るために、ぶどうの品種の割合とか土壌とか様々な細かい点を定めた規定です。従ってAOCのついたワインなら、ある特定の地方の正統的なワインであると安心して飲めるわけです。もともと格付けと美味しさとは常に相関するわけではないのですが、なかでもプロヴァンス地方のワインは、特にAOCがついているから良いとは必ずしもいえず、逆に政府の権威から認定されていない地酒に、おいしいものが少なくありません。それもほんのここ10〜20年くらいの間に生まれたワインに、おいしいものがあるのです。

『プロヴァンスの12ヶ月』以来ぐっと観光客の増えたプロヴァンスの人たちが、「世界の注目を浴びることになったオラが地方だ。ワインも今までのようにお天道様任せで作るのではなく、きちんと醸造学の成果をとりいれて作るべえや」と一念発起して、品質の良いワイン造りを目指した成果がこうした新しいワインなのです。彼らはワイン造りの専門家を招き、それこそ醸造学のイロハから学びなおして、ワイン造りに励んだのでした。面白いことに、その専門家たちの大部分がアルザス地方の出身者で、朝は早くから起きだし規則正しく1日を送るので、プロヴァンスのワイン製造農家は生活習慣の改善から始めたそうです(^◇^;)

後で確かめたところによると、ボルドー、ブルゴーニュ、ロワール等々全国のワインを作っている地域に存在するワイン造りの専門家たちというのは、やはりその出身がアルザス地方であることが多いのだそうです。アルザスといえばぶどう栽培の北限、そしてドイツにも近く、几帳面なドイツ人にも性格が似ているわけで、そういう地方出身のそういう人でないとプロとして務まらないということでしょう。 日本の酒造りの専門家、杜氏(とうじ)が北国に多いのは、冬に雪が降って農作業ができないので、一種の出稼ぎとして全国に散らばっていくのだと聞いたことがありますが(もちろん、全国に散らばっていて優劣があるわけではないにせよ)、ワイン造りの場合はこれとはちょっと事情が違うようです。

さて、南と北の対比──。よく言われるところですが、はっきりいって、見方が違えば千差万別の答えになりますね。北がストイックで南がルーズ、そう簡単に割り切れるものではありません。以前は、恵まれた土地(境遇)の人間は持てぬものにしかわからぬ大切な何かが欠けている? などと思ったものですが、最近ではそれも一種ひがみのようなもの、境遇も個性のうち、と考えるようになりました。 私の父の世代は、戦後ドイツに行って同世代と痛飲したりすると「こんどはイタリア抜きでやろう!」といわれたそうです。けれどイタリアの芸術・文化に、ドイツはかなわない面があるのも確かですし……。戦車だけで世界は制覇できませんものね。