Dr.MANAの南仏通信〜フランスのエスプリをご一緒に…〜
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渡邊泰子さんへのレクイエム ── 「東電OL殺人事件」ノート ── 第3回
旧『南仏通信』より加筆修正/2004年記(2007.10.03)



◎修羅の行路
最後の事実経過は、修羅の行路です。死者を鞭うつのではなく、渡邊さんが菩薩でもありデーモンでもあったことを、私たち衆生にも目にすることのできた事実を記します。

それは、ものすごい吝嗇と餓鬼道でした。

“堕ちる”前は吝嗇も餓鬼道も顕れることはなかったでしょう。もともと潜在していたものが“堕ちる”ことで顕在したのか、それとも吝嗇も餓鬼道も“堕落”に付随することなのでしょうか?

金に汚く、ケチになりました。落ちているものはなんでも拾いまくる、もはや気取りもなにもない赤裸な世界です。お客が約束した金額を出し惜しみしたりすると、大声を出してののしったといいます。道で汚れたビールびんを拾って、酒屋に持ち込んで5円と交換します。こうした小銭はコンビニで、100円・1000円・5000円・10000円としつこく“逆両替”しました。

ところで、彼女は自分の価格を1回2万円としていましたが、外国人労働者には5000円、ときには2000円で売っていたことが手帳に記されています。それは貧しい男たちへの慈悲だったのでしょうか? それとも自らに課したノルマを果たすための、バーゲンにすぎなかったのでしょうか?

Shibuya 109 を過ぎて道玄坂を登った左に、セブンイレブン円山町店があります。渡邊さんは寒い季節、ここで“つゆだくのおでん”を買うのが常でした。おでんの入ったビニール袋を提げてホテルにも行きました。ビールの缶は3個求め、うち1つは必ず濃いビールで、最初にそれから飲んだそうです。こうしたビールを飲む癖(3個買って1つは濃く、最初に飲む)は亡き父の癖だったそうです。こんなところにも血はつながっているのです。父のことも東電も、最後まで誇りにしていたともいわれています。

彼女の夕食は、あと菓子パンだけです。これは、いつもというのではありません。ともかく栄養不足です。さすがに“労働”のあとはひもじくなったのか、終電の中で音を立てておでんの残り汁をすすり、パンをむさぼり食べる様子はすさまじかったそうです。井の頭線終電の“有名人”だったそうで、乗客たちに強い印象を与えています。

渡邊さんは円山町のラブホテルから、軒なみオミットされていました。一晩に何回も出入りする“商売女”だからというだけではありません。ベッドで小水を漏らし、部屋で脱糞するという狼藉をはたらくというのです。──なぜ? 性行為としてのSMかもしれませんが、ホテルがいやがるのは当然です。彼女は駐車場やアパートなどの階段下の暗がりでも“営業”しました。道ばたでしゃがみ込んで小便もしました。多くの人が目撃しています。

  彼女は(ほとんど?)無休で、憑かれたように売春し続けました。いくらなんでも生理の時は別だろうと思いますが、摂食障害の体では果たして生理があったかどうか……。となると、やはり無休だったということなのでしょう。

稼いだ金はどうなったのでしょう? 使っていないことは間違いなく、ひたすら住友銀行新橋支店の口座に入金していたと思われます。計算によると、6年間の“労働報酬”は1億円にのぼるそうです。

こうやって彼女の営為を振り返っていくと、彼女の死は“無念の死”というより“安息の死”のようにさえ思われるのです。誰かが殺さなくとも、あのまま突っ走っていれば、いつかはクラッシュせざるを得なかったでしょう。爆発、そして消滅! その方がもっと悲惨だったかも知れないのです。

誰が彼女を死に至らしめたのか? 彼女自身なのか、世間なのか、それとも神か仏なのでしょうか?

聖書に、戒律に反して姦淫をなした女、すなわち売春婦を捕まえて、イエスの前に引き出したパリサイ人が、「戒律では石もて打てとある、あなたはどうする?」と訊ねます。イエスが「あなた方の中で罪なき者から、先ずこの女を打ちなさい」と言うと、誰もが良心に恥じて去っていきました。男たちはみなこの女と姦淫していたのですから。

女たちも、また、そうであるのではないでしょうか──?