私の死生観 ――序章(2007.06.08)
いまとなってはもう昔のこと。二人の知りびとをほぼ同時といってもいい間になくしたことがありました。
ひとりは大学の上級生だった方で、学生のころ、ある大学のサークルでご一緒し、よく遊びに連れていってもらいました。小柄でしたが、はっきりしたとした言葉が男性的で小気味よく、その反面とてもコケティッシュな魅力をも漂わせているように思えたものです
癌でした。臨床医としてもひたむきだった彼女は、ほぼ正確に自らの死期を悟っていたに違いありません。病院での最期を拒んで、残りわずかな人生のひとときを、夫と幼ない子どもたちと過ごすことにしたのです。
ホスピスでの哲学は、学んで承知していたはずです。といって、どこまで毅然としていたかはわかりません。けれど、クラシックを聴いて痛みに耐えながら、これから毎年巡りくる子どもたちの誕生日に贈る「天国のお母さんからの言葉」を何十通もの手紙として残す作業にいそしんだ、と聞きました。
その後公開された映画『ニライカナイからの手紙』を観た時に、いくつかの場面が彼女の面影に重なって、私の目は腫れるだけ腫れてウサギのようにまっかになってしまいました。
いまひとりは誰もが知っている企業の役員だった方で、公私ともいろいろとお世話になっていました。風貌はテディベアみたい、「人生は楽しむためにあるんだよ」とおっしゃって、それを地でいくような生き方をなさってました。
50代の働き盛りでくも膜下出血、まことに惜しいことに、突然逝ってしまわれたのでした。御本人も死など意識をしてなかった証に、手帳には数ヵ月先までの予定がぎっしりと書き込まれていたそうです。
人生太く短く、豪快豪傑でいて驕ることもなく、スポーツマンで音楽を好む美食家。彼を慕う人は大勢いました。女性関係も華やかで、けれど誰も嫉妬できないような優しさをもった人でした。あとで側近だった方々が女性関係の整理が大変だったというのを耳にして、私は彼が茶目っ気たっぷりに、天国で舌を出しているような気がしたものです。
最近の私は“いのちあるものの死”について考えることが多くなりました。
「世にいう、“末っ子がなぜかわいいのか”という、その理由を知っているかい? 親と一緒にいられる時間が一番短いからなんだよ」
というような言葉を聞いてもドキっとします。
歳のせいか職業柄か? 変転する社会情勢からの心境の変化か?
職業あるいは天職としての私が生涯をかける目的の傍らには、「いのちあるものは必ず死ぬ」という不変の真理があって、そこから目を背けてはいけないのです。
この世に生まれいずる時と同じように、死に至るにもそれぞれの物語があります。必然なればこそかタブー視しがちな死の問題ですが、古代インド哲学ほどの自然さで受け入れることができれば好ましいと考えています。
この点では、肉体の復活のために精子を凍結保存するような“執着する”西洋科学思想よりは、諦観ともいえる東洋の思想哲学が好きです。チベットの鳥葬も、本当にさっぱりしていて羨ましいとすら思います。
老化防止や美容に携わっている身でいて“執着しない”ことは、不謹慎と思われるかもしれません。けれど、私は考えます。私たちの“不老医学”の目標が「不老不死」であると考えるのは見当違いではないでしょうか? いのちが輝くのは「限られた時間の中に永遠性を見つける」ところにあると思うのです。
だからこそなおさら、この大いなる存在からの借り物のからだなればこそ、メインテナンスをきちんとしながら、感謝を込めて大切に使いたいと思っております。
「人よりも一歳でも若く見られたい」というエゴのため(否定はしません。それも周囲への施しになりますから)だけでなく、周りの人間をも幸せにしていくことのできる美容・健康医学・美学を自分の命題にするのだと、ひそかに、けれど固く決心しております。
といったところで、素敵な詩を皆様と一緒に噛み締めたいと思います。
リンクさせて頂いている大谷国彦さんのサイト『無相庵』でみつけたものです。
青春の詩
サムエル・ウルマン(アメリカ、1840〜1924年)
青春とは人生の或る時期を言うのではなく心の様相を言うのだ。
逞しき意志、優れた創造力、燃ゆる情熱、怯だを却ける勇猛心、
安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。
年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。
歳月は皮膚のしわを増やすが、情熱を失う時に精神はしぼむ。
苦悶や狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の
如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。
年は七十であろうと、十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。
曰く、驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる事物や
思想に対する欣仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ
探究心、人生への歓喜と興味。
人は信念と共に若く、疑惑と共に老ゆる。
人は自信と共に若く、恐怖と共に老ゆる。
希望ある限り若く、失望と共に朽ちる。
大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、そして偉力の霊感
を受ける限り人の若さは失われない。これらの霊感が絶え、悲嘆の白雲
が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至れ
ばこの時こそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。
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