Dr.MANAの南仏通信〜フランスのエスプリをご一緒に…〜
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エッセイ バックナンバー

南仏で出会った大和撫子の化石?(前編) (2007.01.29)

<御本人の希望で、この題名となりました (*^^*) >


我が心の故郷、トゥールーズに捧ぐ。


今回のエッセイでは、私の敬愛するマダムに登場していただきます。かねがね自分史を書いてみたいとおっしゃってた彼女は、昨年6月に『ルイズが正子であった頃』を出版なさいました。
「おめでとうございます。とうとう夢がかないましたね!」とお祝いのコトバを申し上げましたところ、こんなお返事が。「どうもありがとう。でもね、あれは若干20歳までの出来事。このあとサイゴン、コルシカと、いよいよ面白くなるの!! 毎日やっとこさえてる短い時間で執筆中よ」。ほんとに彼女からはいつも元気をもらいます。


表紙カバーはぜひのばしてご覧ください。
軍国少女の頃の貴重なお話しももりだくさん。


最初の南仏生活で、いえ我が人生においての最高の収穫のひとつは、このマダムとの出会いだと思います。

日仏ハーフで、いでたちはどうみてもフランスの御婦人だけど、心は古き良き時代の大和撫子そのまま。俳句や短歌に長じ、着付け、お料理はプロ並みの腕前。日仏交流の架け橋になる協会に属し、数々のボランティアをこなす忙しい毎日。余計なものは一切持たないという彼女は、現地ではちょっと珍しいくらいの高層の、街全体が見晴らせる心地よい空間に居を構え、実にこざっぱりとした暮らしをしています。

「ここから下界を見渡すともう王様の気分ね」

私は心から思います。彼女がホントに王様だったら、この世の中はどんなに楽しく和やかになることかしら……。

お料理のみならず、お裁縫、掃除も完璧で、室内ストレッチ体操に1日1万歩も実行しているといいます。現在70歳を越えて一人暮らし、でも一声かければいつでもやってくる5人の子供と大勢の孫達、そして友人に囲まれて、実に幸せそうなのです。

時には諭され、励まされ、癒してもらった、きらきら光りを放つ彼女の言葉の数々……。忘れないように、この混沌とした時代に迷子になってもすぐに道がみつかるように、ここに記しておきたいと思います。


マダムのお部屋からはレンガ造りの『薔薇色の街』が一望に。
夕暮れ時は街全体がピンクに染まり魔法のように美しい。


「私はお金や物に執着しないの。あまり物を持っていないのよ。いらなくなったら、人にあげちゃうか売っちゃうわ(笑)。だからこの年まで家も持たないの。好きなときに好きなところに行って暮らしてきたし。死んだら家も土地も持っていけないからねえ。しょせんこの世は仮の宿。この身体でさえ、死んだら神様にお返しするだけなのだから。莫大な財産をかかえて、お金だけを信じて人を疑い──それも親族よ、悲しいわね──孤独に死んでいった人たちを何人も見てきた。だから余計なお金はいらない。生きていくぶんちょうどあればいいわ。身分相応の衣食住に感謝しつつ、毎朝、その日1日のどんなささやかな計画でもたてられる人生に満足しているわ。そのときが来るまでは、お金も体も大事に使わないとね」

「健康の秘訣? 早寝早起き。日が暮れたら寝られる幸せと、本が読める幸せがある。日中は時間がもったいないから本は読まないの。寝床で本を読む小さな幸せの時間を大事にしたいのよ。朝は朝で、今朝も元気で起きられる、お日さまが見られるって感じることって幸せじゃない? 毎日少しでも街中を散歩する。あとリンゴを1日1個食べる。病気になったときはね、お医者の力は2割くらいで、あとの8割は自分の力を信じて治す。自分の身体は自分で治り方、わかっているのよ。フランスで歴史のあるPHYTOTHERAPY(フィトテラピー=植物療法)、HOMEOPATHY(ホメオパチー=同毒療法)、知ってる? お医者に言うのもなんだけど、とても勉強になるわよ」

この言葉と同時にポンッと渡されたぶ厚い代替医療の本。その後、私は自然医学の世界に入っていくことになるのです。


光と影、コントラストの強さに、南国を感じる。


彼女の信条は「どんな難題もきっと解決法があるはず」。それは“なんとかなる”という前提で解決法を探すこと。そして“悩みが大きく重大であればあるほど冷静に対処すること”だそうです。でも人生で唯一、どうしてもその場で解決できなかったことがありました。それは娘さんを事故で失ったことでした。

アルプス近くの病院から“娘さんがパラグライダーで死亡した”と電話で知らされた瞬間でさえ、反射的に無意識の癖で“何をしたら彼女は生き返るかしら?”と対策を考えたそうです。「普通に彼女のことを話せるようになるのに、数年もかかったわ」。そんな強烈な喪失感さえも、時の流れという薬が、次第に癒していくと話してくれました。

彼女はきっぱり言います。「お金より何より、健康が一番の財産。でも、もしも病気になっても精神までやむことはないの。万一手や足を失ったって、立派に生きている人はたくさんいる」。彼女は戦時中と戦後を日本で過ごしています。当時は日本総洗脳時代だったと振り返ります。といっても、その歴史を恨むことなく、生きている生かされている今を心からありがたいと思っている。

「物やお金は人間が支配するもの。逆に支配されて、お金の奴隷になって生きている人のどれだけ多いことか……」。大地に足をつけて生きてきた彼女の力強い言葉には、間違いなく魂がこもっています。「他人のふんどしで相撲をとるなかれ。私は威を借る虎は好かん。いつも自分勝負。そして物事を心配したり恐れたりしちゃダメ。恐れず、泰然自若としてなさい。私はなんも、こわくなかったわ」。

こんなに豪快でダイナミックで家庭的でチャーミングなマダム。どうしたら、そうなれるの? その秘密は、実は彼女のお母さんの育て方にあったのでした。

(続く)